大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和48年(オ)1168号 判決 1975年12月01日

上告人

橋本良蔵

外五七名

右五八名訴訟代理人弁護士

中村一作

外一名

被上告人

国鉄労働組合

右代表者中央執行委員長

村上義光

右訴訟代理人弁護士

大野正男

外二名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人中村一作、同本谷康人の上告理由について

論旨は、要するに、被上告組合がその組合員であつた上告人らに対して請求する本件臨時組合費のうち、原判示の各スト資金積立金、昭和三六年度春闘資金、昭和三八年三月臨時徴収費及び臨時闘争費(炭労三池最終資金を除く。)(以下これらを「スト資金等」という。)は、被上告組合が公共企業体等労働関係法一七条一項により禁止された争議行為を実施するための資金であつて、目的において違法なものであり、また、原判示の炭労カンパ、昭和三七年度末臨時徴収費及び炭労三池最終資金(以下これらを「支援資金等」という。)は、被上告組合が他の労働組合の闘争を支援し又はいわゆる水俣病患者を救済するための資金であつて、被上告組合自身の組合員の経済的地位の向上という目的の達成に必要なものではないから、以上の各臨時組合費徴収の決議にはいずれも組合員を拘束する法的効力がないと解すべきであるのに、原審がその効力を認めて被上告組合の請求を認容したのは、法令の解釈を誤り、かつ、憲法一三条、一四条、二九条に違反する、というのである。

そこで、まず、本件スト資金等について考えるに、原審の認定するところによれば、右スト資金等は、あるいはスト資金積立金という名目を付し、あるいはストライキ実施の方針樹立と関連づけて徴収が決定されてはいるが、ストライキの実施はあくまでもいわばプログラムにすぎず、現実にこれを行うかどうかは流動変転する労使交渉の帰すうにより影響を受けるもので、被上告組合が右徴収を決定した時点において既にストライキの実施を確定不動のものとして企図していたわけではなく、要するに、右スト資金等は、必ずしも違法な争議行為を実施することを意味しない一連の闘争やそれによつて不利益処分を受ける組合員の救済等の費用に充てるため、通常組合費では負担にたえない財政上の不足を補う趣旨で、あらかじめ闘争のプログラムとの一応の関連づけをして徴収される臨時の組合費であつて、違法な争議行為の実施と直接に結びつけて徴収が決定されたものではない、というのであり、右認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができないものではない。以上のような事実関係のもとにおいては、本件スト資金等は、将来の情況いかんによつては違法な争議行為の費用に充てられるかも知れないという未必的可能性があるにとどまり、その法律違反との関連性はいまだ微弱なものというを妨げないから、これを直ちに違法行為を直接の目的とする資金と同視することは相当でなく、組合員に対してその拠出を義務づけても違法行為の実行に対する積極的な協力を強制することになるものではないというべきである。したがつて、被上告組合が正規の手続によつて右資金等徴収の決定につき組合員に対する法的拘束力を否定すべき理由はなく、上告人らはこれを納付する義務を免れないといわなければならない。この点に関する原審の判断は正当であつて、所論の違法はない。

次に、本件支援資金等について考えるに、一般に、労働組合が他の友誼組合の闘争を支援することはしばしばみられるところであるが、組合の主たる目的とする組合員の経済的地位の向上は、当該組合かぎりの活動のみによつてではなく、広く他の組合との相互協力と連帯行動によつて実現されるものであるから、右支援のための資金を拠出することをもつて組合の目的と関連性のないものであるとすることはできないし、また、それはなんら組合員の一般的利益に反することでもないのである。それゆえ、組合において右支援資金等の拠出を決定した場合には、それが法律上許されない等格別の場合でないかぎり、その費用徴収の決定は組合員に対して拘束力を及ぼすものと解すべきである。また、本件支援資金等のうちに所論のいうようにいわゆる水俣病患者救済のための資金が含まれているとしても、一の社会的存在としての労働組合が右救済のような活動を行うことは、今日における組合の社会的役割に照らしてもとより是認されるべきであり、組合にとつて決して無用のことではないから、かかる救済資金を拠出することもまた、間接ではあつても、組合の目的遂行のために必要なものとして、その費用徴収の決定は組合員を拘束すると解するのが相当である。この点に関する原審の判断も正当であつて、所論の違法はない。

論旨は、ひつきよう、原審の認定にそわない事実又は独自の見解を前提として原判決の違法、違憲をいうものにすぎず、すべて採用することができない。

よつて、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(岡原昌男 大塚喜一郎 吉田豊)

(小川信雄は退官につき署名押印することができない)

上告代理人中村一作、同本谷康人の上告理由

原判決は、法令解釈のあやまりがあり、破棄せざれば、著るしく正義に反し、かつ、憲法に定める法の下の平等、(第一四条)、個人の尊厳(第一三条)、財産権の尊重(第二九条)に各牴触するものである。

原判決は、被上告組合の、権利について、これが根拠として、つぎのとおり判示した。

「およそある社団が、特定の目的のために結成された場合、その社団に加入し、その構成員となつたものは、内部規則(定款、規約等)もしくは権限ある機関の決定に服従することが要請されることは、その団体の統一された活動の必要性からして、当然といわなければならない。そしてこのことは、労働組合においても同理であつて、その構成員たる組合員は、自主的な法規範たる組合規約もしくは権限ある機関の決定には、当然服従すべきものといわなければならない。したがつて、ことが、組合費納入に関する場合であつても、それが組合規約において義務づけられ、権限ある機関において決定された以上は、組合員は、これにき束され、組合費を納入する法的義務を負担するものというべきである。」

右は、いわゆる本件全般にわたる臨時組合費外臨時費徴収の決議や、被上告組合役員のなした指示に関しての、説示であろうと考えられる。(判決正本を熟読してそうである。)

しかしながら、右判示理由は、決議の本質を全く見誤つたものであつて、到底、破棄を免れないものである。

その理由を、つぎに詳論する。

一、凡そ、社団に於て、その意思を決定する機関について、その決議が、社団の構成員を拘束する所以のものは、(一)に、その拘束が、法律上の根拠を有するか(商二三九条第一項、同法三四三条等)、構成員の予めの同意が存するか(団体の有する拘束に関する規約を、承認して これに加入する等)であり、(二)に、その決議の動機、内容が、法令等に違反しないことが、これである。商法第二五二条に於て、同法が、株主総会決議無効確認の訴を認容している趣旨は、まさしく、右の(二)の趣旨を宣揚したに外ならない。

労働組合に於ける大会決議等の拘束力も、右原則を離れては、存在し得ないものといわなければならない。

原判決は、前記(一)の理論的根拠にのみ拘わるの余り、前記(二)の事由を全く無視したか、忘却したものであつて、到底容認され得るものではない。

二、請求の一は、昭和三六年度分臨時組合費五〇〇円についてである。

内訳は、スト資金積立金二〇〇円、春斗資金二五〇円、炭労カンパ五〇円である。

右は、弁論の全趣旨よりみて、大会に於て、使途目的を明らかにして、徴収の決議を為されたものということができる。

ところで、前二者、即ち、春斗といい、ストといい、何れも、これは、被上告組合において、これを為すとこを、法律上禁止されているものである。法律上禁止された行為(即ち、違法行為)をするための資金を拠出することを目的とする決議は、明らかに、表示された動機自体が違法のものであつて、表示された動機が違法のものである以上、それに基く決議そのものも、違法たらざるを得ないものである。

単純な金銭拠出のみにかゝる決議や、その動機即ち、使途目的を秘匿して行われた決議であれば、あるいは、単純に、あるいは、抽象的に、これが有効であり、構成員たる組合員を拘束するといい得ることも、あり得よう。しかし、本件決議は、これとは、自ら、事情が異るものである。その金銭の使途、目的を明示して、為されたものである。スト資金として、あるいは春斗資金として積立てることを明示して、金銭を納付する義務を課する決議をしたのである。

これは、明らかに、決議をする動機に(つまり、スト資金や、春斗資金を積立てる必要がなければ、この決議をしなかつたであろう、という趣旨)違法なるものがあり、その決議は、然るが故に違法たらざるを得ず、組合員を拘束するいわれはないといわなければならないものである。

又、後者、即ち、炭労カンパと称するものについては、これは、他組合のために拠出するものである。被上告組合の、直接の目的たる組合員の労働条件の維持改善その他経済的地位の向上に、直接間接に必ずしも、必要とはいえず、その徴収決議は、被上告組合の目的の範囲を逸脱したものである。社団の目的を逸脱した行為をするための決議は、これ又、無効といわざるを得ないのである。

以上のとおり、昭和三六年度の臨時徴収にかゝる決議は、何れも、無効であつて、これが組合員を拘束する力をもち得ない。然るに、原審は、これが理論的解明をあやまり、極めて単純に、これが、決議の効力を是認した。これが故に上告人らは、法によつて護られるべき地位と、権利を奪われようとしているのである。

何れも、憲法正文の趣旨に則り、破棄の上、差戻しさるべき案件と考えられる。

二、請求の二は、昭和三七度、昭和三八年度、昭和三九年度の、何れも、スト資金積立金である。

右決議は、何れも、法律に禁止されたストをする又は、ストをした際必要とされる諸費用に充当するためのものである。

即ち、ストを、より有効に、かつ完全に成功させんがための、費用として積立てるものである。

したがつて、又表示された動機が違法のものである。これが故に為された決議は、無効のものであり、組合員を拘束することはない。

凡そ、日本国有鉄道は、日本国民の、経済生活、文化生活の基盤をなし、基幹産業ともいい得べきものである。これが争議行為により、混乱の渦に投げ込まれるときは、国民生活は、忽ち危殆に瀕し、一日たりとも、安穏たり得ない。

公労法が、その第一七条を以て、日本国有鉄道職員の争議行為を禁止した趣旨は、まさに、こゝにある。国民の福祉を前提として、はじめて理解し得るものである。日本国有鉄道に奉職する職員の、争議権を剥奪しても、尚維持されねばならないのは、公共の福祉である。

国民生活を塗炭の苦しみにおとし入れ、貨車の都市への流入を抑えて、物価の上昇に拍車をかけるのは、被上告組合の違法な争議に外ならない。

そのような大きな影響をもつ争議をするためと称して、金銭の拠出を求める決議が、如何なる理由によつて組合員を拘束する力を有するのか、上告人らは、これを、理解することができないのである。

願わくば、最高裁判所に於ては、原審に於ける、この社団理論の、解釈のあやまりを正されたいのである。

違法な行為を助成するための金員の拠出を、止められたいのである。このような風潮がやまない限り、無法が、まかり通ることであり、このようなことが、上告人らには耐え難いのである。

最高裁判所の御英断を俟つや切である。

三、請求の三は、昭和三七年一二月末の臨時徴収についてである。

これらの金員は、炭労・全鉱斗争・水俣斗争支援のためのものとされている。

これらの金員を、被上告組合が拠出する心情は、理解し得ないわけではない。同じ労働者間の連帯意識をつよめ、いわゆる階級斗争についての、連帯感を培かい、又、水俣病で、苦しんでいる人に対する義捐金として、送付する、というものだからである。

しかしである。被上告組合の本質的目的は、その組合員の、経済生活の向上であり、労働条件の向上ではないか。炭労にカンパをするのも、又、全鉱に対し、斗争資金を提供するのも、永い目でみれば、被上告組合の労働条件の向上に資することにはなるのであろう。しかし、それは、そのような方法によるのでは、余りにも迂遠といわざるを得ないのではないか。つまり、結局は、被上告組合の本件決議は、自ら決議し得ざる事項について、換言すれば、各人の自発的拠出に俟つべきいわゆるカンパを、決議の名をかりて、強制しようとするものではないか。

歳末の社会鍋は、生活困窮者に対する、一般社会人のなすカンパである。赤い羽運動は、赤十字を通じて為す、一般社会人の社会奉仕活動である。

本件決議に基く金員は、これと全く同じ性質の、即ち、組合員の任意の拠出にまつべき金員であつて、組合決議を以て、組合員に対し、拘束を加え得べき性質のものではないのではないか。

その意味に於て、原判決は、社団の決議の拘束力を、全く、踏み違えたものである。解釈のあやまりを侵したものである。これを破棄せざれば、著るしく社会正義に反し、何人も、尊重され得べき、憲法の基本理念たる所有権理論に牴触するといわざるを得ないものなのである。

四、請求の四は、昭和三八年春斗の臨時徴収についてである。

春斗費二〇〇円也が、表示された動機の違法の故に、その決議に拘束力のないこと、既に述べたとおりである。

又、公労協春斗経費五〇円と称するものについても同じである。公労協自体が、公労法の適用を受ける労働組合によつて構成されていること、したがつて、斗争をなし得ない労組のあつまりであること、斗争経費を計上するために、組合員を、その決議を以て拘束し得ざること既に述べたところにより、明らかである。

要は、公労法上、争議行為が禁止せられている被上告組合は、いやしくも「ストをやるから」とか「争議をやるから」等の目標を掲げて、決議という形式で、傘下組合員に、金員の拠出を求め得べくもないのである。

もちろん、上告人らは、これらの金員の徴収を、禁止さるべきと主張するつもりはない。決議という形式を以て、組合員を拘束するのは、いけない、というのである。そう主張しているのみである。自発的意思に基いて拠出する者あるときは、それも一つの生活指針というべきと考えているだけである。

上告人らが、第一審に於て、本件債務について、これを、自然債務である旨主張したのは、右の趣旨に出でたものなのである。

出捐を応諾するものについてまで、上告人らは干与するつもりは、毛頭ない。

ただ、法に訴えてまで、これを拒否する組合員各人に、これが納付を強要し得ない、というにとどまるのである。

以上の趣旨であるから、最高裁判所に於かれては、事案の真相を喝破され、破棄差戻しをされることを、つよく求めるものである。

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